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双極性障害Ⅱ型と診断されて

23歳の年に就職し、生まれ育った関東を離れ関西で暮らし始めた。
学生時代も1人暮らしだったので、単身知らない土地に乗り込んでいくことには抵抗を感じなかった。
しかし関西の地風は、想像以上に関東とは異なり、様々に悩むことになってしまった。
私は穏やかな片田舎の大学で4年間を過ごし、落ち着いた生活をしていた。
関西へ引っ越して驚いたのは、まず駅から自宅までの徒歩5分ほどの間に路上に寝転がる男性、平日から酒瓶を転がして嘔吐する者、大声でがなりたてる派手な格好の若者に次々と出くわしたことであった。
また、関西の企業は関西弁を話せない私のことを、異質な者として扱っていた。
表立っていうわけではないし、業務上のやり取りは行われていたが、明らかに線引きをした付き合い方であった。
まさか大人になってまで方言で差別されるとは思っていなかったので、大変ショックを受けた。
要は究極に「水が合わない」ということになってしまった。
友人も親戚もいない関西で1人静かにストレスをため続けた。
寝付けない、眠れない、起きてしまう、という睡眠の症状をきっかけに精神科を受診し「双極性障害Ⅱ型」という診断を受けた。
ともかく、逃げなければならないと感じた。
私の仕事は教育業。同僚とはうまくやれなったが、幸い子どもたちは私の授業を好いてくれた。
済みやすいところへ逃げよう。今の授業スキルがあれば、他の教育機関でもやっていける。
思い切って引っ越しを決め、治安の良い街に移った。
逃げることの罪悪感を消化するのにてこずり、この決断に4年かかってしまった。
しかし、引っ越して「逃げることは有効な手段だ」とわかった。
周囲にもうつ病や適応障害に陥ってしまった友人が何人かいるが、みんな困難から逃げることを知らない人だ。まともに立ち向かってしまう。
逃げてもいいのだ、と気づくことが出来たのは、病気の副産物なのかもしれない。

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